洗 心 自 新 録(せんしんじしんろく)
行脚を終えて

 

 

第一章 東海道行脚の動機とその後

 

 外国資本の山林(国土)買収の動きに、

 国民の生命(いのち)をささえる水源の森を守らんとの


 止むに止まれぬ気持ちから東海道行脚を発願。

 

  

 

  その後、山林所有者の某企業が、

 

中国資本への売却を断念したとおききし、

 

某企業社主の決断に感謝致しております。

 

 

社主は裸一貫から企業を起こし、

人一倍の努力に努力を積み重ねて、

一代で財を成した立志伝中の人物だとおききしております。

 

 

きっと社主は娑婆世界のしがらみ――――

他人にはわからぬ諸々の事情があって

山を抱え込まれたと思います。

 

又、昨今問題となった大企業の不祥事に見られるように、

金に金を生ませよう、

とにかく儲かること以外は考えないで突進する

市場原理・利益至上主義の商売のやり方。

 

その行動の背景には「金万能」の信仰があり、

日本社会全体も、それを善しとする風潮のなかで、

某企業社主が抱え込んだ山林を、

一文でも高く売りたいと思うのが人情であります。

 

其れはさておき、

社主が中国資本への山林売却を断念して下さったことは

実に有難いことであります。

 

  善も悪 悪も善なり なせばなす

 

 こころよこころ はじよおそれよ (島津日新公)

 

 

 の歌を拝読し、

 人を責める前に自分の心を掘り下げて――――

 

 

 

愚歌三首

 

・あさましや 人の()()し 口にする

 

     悲しきものは わが心かな

 

 

・わが心 佛もでれば 鬼もでる

 

     地獄極楽 行きつ戻りつ

 

 

 ・わが心 鏡にうつして 見たならば 

 

     あなはずかしや 欲の黒こげ


 

 

止むに止まれぬ気持ちから東海道行脚を発願。


第二章 外国資本の山林(国土)買収から 水源の森を守る法律を



第一節       国民の声が法律を作る


              

                                              

  ・ 日本は島国で周りが海である為、

  国民は領土問題に関する意識が、

 非常に希薄な民族であります。

 

此の度、東海道行脚で痛切に強く感じたことは、

外国資本の山林(国土)買収に対して、

多くの人々が無関心で

他人事であったということであります。 

 

  アメリカは、

  外国資本がアメリカ不動産を売買する場合に

 規制をかける法律を作っています

 

  何故作ったかというと、

   日本資本がアメリカに進出して不動産を買売したことに

   危機感を持ったアメリカ議会上院が

   法律を作りました。

 

  法律は、個別具体的に、

   外国資本は買ってはいけない所、

そして買おうとした場合には大統領が拒否できる、

大統領の許可を取らなければならない―――という法律です。

 

これは日本企業がそういうアクションを起こしたから

対抗するために作った法律であります。

 

 

  韓国にも同じ法律があります。

   韓国の場合は寺院など宗教施設、島嶼(とうしょ)

   或いは国防関動こうとしないのです

     ――――だが、国民が声をあげれば政治家は動きます。

 

 

  ところが、日本にはそういう意味の法律がないのです。

 

   それでこの法律を作ろうと、

   去年あたりまでは、非常に積極的な動きがありましたが、

   今は止まっております。

 

 

 何故かというと、一つには非常に地道な作業で時間がかかります。

 また国民の関心が薄くて票に繋がらないので、

 政治家の腰が重く、

 なかなか動こうとしないのです――――

 だが、国民が声をあげれば政治家は動きます。

 

 

  国民は結局その価値相応の政治を与えられる

    という名言があります。

 

「政治家が‐‐‐」、

「国会議員が‐‐‐」と非難攻撃しても、

 罪を諸方に塗りつけてみても、

 塗り尽くせぬ全国民の負担があります―――主権在民。

 

 

 

 河がその源より高い所に流れることのできないように、

 国の政治も

 その国民の真価以上に向上する訳がないのです。

 

    現代政治に欠陥の多いことを認めぬ人は絶無に近く、

    これを改めようとしている政治家も

       決して少数ではありません。

 

 

    志高き政治家が、

       如何に焦慮苦心してみても、

    国民が挙げて覚醒しない限り

       政治革新の大業は成就しません。

 

 


第二節 あるべきやうわ


   

 

                                                                                      

  ・  北条泰時(1183~1242・鎌倉幕府三代執権)が、

栂 (とがの)()の明恵上人に、

執権職としての心得を問うたところ、

 


    明恵上人は、

 

 

  阿留辺幾夜宇和(あるべきやうわ)

 

 

 

    と七文字を書いて示されたと伝えられています。

 

 

 

 

 

日蓮上人大誓願霊場 (伊勢市) 

 

 

    執権は執権としてあるべきようにある。

 

    詰まり、

 

    首相は首相として、

 

    大臣は大臣として、

 

    政治家は政治家として

 

    あるべきようにある

 

    ――――とおっしゃったのであります。  

 

                      

 

 

 

  政治家のあるべきようわ――――

   政治家諸公は、       

   本来、己を捨てて国家国民に尽くす覚悟で

   政治家を志した高潔な人物であります。 

     

   ですから、政治家は立派な国家を創るためには、


   時には国民に苦言を呈して導くことも必要であります。

 

 


     また、苦労や犠牲や税を強いる場合もあろうし、

 

    道義を説き国家への連帯意識を求めなければならない時もあるでしょう。


  それを勇気をもって、民衆に迎合せず、


  国民に嫌われることを覚悟して説くのが

 

  政治家のあるべき姿であります

 

 

 


第三節 日蓮上人三大誓願


 

 

 

 

 伊勢神宮から靖国神社までの行脚中


平成27年7月10日

(日蓮上人 誓いの井戸にて)

 

  

 

 

 

    「一切の大事の中に国の亡ぶるが第一の大事にて候也」(『蒙古使御書』)

 

  と、喝破された日蓮上人は、

 

     我、日本の柱とならん

     我、日本の眼目とならん

     我、日本の大船とならん

 

  の三大誓願を心中深く建立され、

 

  伊勢神宮の森近くの井戸で、

 

    百日の水垢離を取って身を潔め、

 

  その成就を祈願されました。

 

 

 

  政治家諸公も、

 

 この日蓮上人の願心に思いを致してほしい

 

   ―――私も上人の願心に一歩でも近付くよう精進致します。

 

 

 

   一切(いっさい)衆生(しゅじょう)同一(どういつ)()は、(ことごと)()

 

日蓮(にちれん)一人(いちにん)()(もう)すべし

 

 

伊勢神宮から靖国神社への行脚中。
日蓮上人の水垢離した井戸で。
(平成27年7月10日)