「忘己利他」

忘己利他 己を忘れて 他を利するは慈悲の極みなり。               (伝教大師最澄)

 


第八章 先人たちの現代へのメッセージ

―林業(山村)再建は自助自立が原点ー


           


第一節 補助金政策は人間を駄目にする


 

 

  東海道行脚で、身にしみて強く感じたことは、
補助金の上に胡坐をかく、乞食根性の根を断ち切らねば、
何れ国家財政は破綻してしまうということであります。


そして、国の補助金政策は、砂漠で水を撒いているようなものだと思いました。

 

  補助金の弊害―――汗水たらして働かずに得た金は、人間の心根を駄目にして、
貪欲と怠け癖を引き起こし、しばしば人々の間に争いを起こす種となるという、
二宮尊徳翁の教えをこれまで頭で読んでいましたが、
此の度の行脚で、体で読むことができました。

 

 

 

  一.荒蕪を拓くに荒蕪の力を以てし

 

       衰貧を救うに衰貧の力を以てす

                          (『報徳記』)

 

   二宮尊徳翁は、小田原藩大久保家の分家である旗本・宇津家の桜町領(四千石)の再建を

   藩主・大久保(ただ)(ざね)公に命ぜられ、文政四年(一八二一)、小田原を発して、

   桜町領(現・栃木県二宮町)におもむき、数ヶ月間、村民とともに過ごし、

   一軒一軒訪れて、その貧富を視察し、田畑に出かけて、その地味を調査し、

   村民の勤勉であるか怠惰であるかを観察し、水利の難易を計り、古い時代の様子を探り、

   近年の風俗を観察して、荒廃した村を再建するに足るだけの、

   十分な判断を下すための情報をすべて集めました。

 

そして、調査を終え、小田原に帰った尊徳翁の藩主忠真公への復命書の内容はきわめて悲観的なものでした。

ただ、全然見込みがないわけでもありません。 

大日本報徳社(7月29日)専務理事・貝嶋良晴様と




 
尊徳翁は、忠真公との問答のなかで、次のように述べています。

 

「桜町領再建のための費用総額は果していか程となるか予め、

その額を推定することは困難です。

 

----(略)----。以前、殿が村再建を命じた際、

いつも多額の金を下付されましたが、それが失敗の原因であります。

 

今後、村を再建するには、村に一金をも下し給はないことが救済の秘訣であります。

 

忠真公は、

「お前のいうことは、もっともな道理であるが、しかし、廃亡の地を救うのに、

金を多く与えても再建できないのに、
今、金もなくして再建することができるのか」と尋ねました。

 

「金を下付したり、税を免除する方法では、困窮を救えません。

 

まことに救済する秘訣は、彼等に与える金銭的援助を断ち切ることです。

 

金を下付すれば、村役人・村民ともに金に心を奪われ、

互いに金を手に入れたいと思い、村民は役人の我欲を叫び、
役人は村民の私曲(しきよく)(わがための欲)を攻撃するようになります。

 

互いにその非を論じ、その利をむさぼり、貪欲と怠惰を招来し、

民の間に軋轢の源泉を生じさせることになります。

 

そして、益々人心は荒れすさみ、事業は中断してしまいます」

 

「お前の言葉はなかなか見事だ。

しかし、金を下付せず廃村を再建する方法を教えてほしい。」

 

「荒蕪を拓くに荒蕪の力を以てし、

衰貧を救うに衰貧の力を以てしなければなりません。

どうして金が必要でしょうか。」

 

「荒蕪を拓くのに荒蕪の力を以てするということはどういうことか。」

 

「荒田一反を開墾し、その産米を一石としますと、五斗を食料(生活費)とし、

残りの五斗を来年の開田料とし、年々このように繰り返し積み重ねて行けば、

金を使わずに何億万町歩の荒蕪地といえども、これを拓き尽くすことができます。」  

(註=一石は十斗)

 

  この二宮仕法(方法)、二宮経済論は尊徳翁独特のもので、

しかも後年の全国六〇五ヶ町村再建に一貫する経済論であります。



二、 心田 の 開発


 

 

 

 

尊徳記念館

案内して下さった石川和彦先生と

 

 

 

 

荒蕪は 荒蕪の力によって開拓する。

 

これが尊徳翁の農村再建の原理であります。

荒蕪(こうぶ)とは、雑草の生い茂って、土地が荒れていることをいいます。

大体、土地の荒蕪というものは、はじめから尊徳翁の眼中にはなかったのです。
尊徳翁の考えでは、土地の荒蕪というものは、人間の心の荒蕪によって、生ずるものであるから、金の力や階級の力や権力の力によって、
開拓できるものではない

というのが翁の信念だったのであります。

  小田原藩主・忠真公との問答でわかるように、

 

桜町領主・宇津氏を、村民を、
人間として目覚めさせ、そこにある人間の力そのものを信頼しそれによって農村再建の大業を完成させる――――

物や金の力ではなく心の再建だというところに尊徳翁の主眼があります

 

  尊徳翁にとって、

最も尊いこと、貴い事業の資本となるものは、金よりも物資よりも、

階級よりも権力よりも、人間の心、目覚めた心だったのであります

 

 

翁は、このことを「心田の開発」、心の田圃の開墾と読んで、

 

農村再建は心田の開発からだと教えているのであります。

 

 

  人々の心が、資本から、階級から、解放されて自由になったとき、

そこに生きた資本が生まれ、自助自立の生きた事業が生まれ、

真の幸福な生活が生み出されます。

 

このことについて、尊徳翁は問答で次のように述べています。

 

「わが日本は開闢以来、幾億万町歩の開田をして今日に至りましたが、

その始め、異国の金銀を借りて開拓したのではありません。

必ず自分で鍬を握り、一鍬一鍬起こして今のように開けたのです。

 

今、荒蕪を拓くために先ず金銀を求めるのは、この根本原理を知らないためです。

 

この昔からの大道を以て荒蕪地を復興することがどうして難しいことでしょうか。

 

そもそも宇津家の領地は四千石だといいますが、

現に納まっている租税は僅かに八百俵だけであります。

これは四千石の虚名であって実は八百石の禄しかないということであります。」

(註=禄一石は税一俵)

 

  尊徳翁は現実主義者ですから、表面をつくろうことはしません。

 

宇津家は四千石などといっているが、

事実は八百石しかないではないかと喝破しているのであります。

 

本当に再建しようというのであれば、

 

建国の初心に立ち返って、

 

――一文の外資も一の鍬鎌も外国の援助を受けることなく、

荒蕪は荒蕪の力によって開発した――

この開闢の原点を範として、無一物の素っ裸になって、

ゼロから出直せとといっているのであります。

 

そして、素っ裸になったところで、

その現実に即して「分度」(自己の社会的・経済的実力を知り、

それに応じて生活の限度を定めること)を立てよと教えているのであります。

 

    この問答をそのまま今日の補助金政策の現場、

    現場に置き換えて考えてみると、成る程と思うことばかりであります。

 

 


二宮尊徳翁の報徳思想     


 

二宮尊徳翁は、

物や人に備わる良さ、取り柄、持ち味のことを

「徳」と名づけ、
それを活かして社会に役立てていくことを「報徳」と呼びました。 

 



荒れ地にも荒れ地なりの徳(良さ、取り柄)があります。
  荒れ地の徳を人間の徳が活かすことによって、 

実り豊かな田畑に変えていくことができます。

ワラの徳を活かして、ナワやワラジ、タワラなどワラの徳を活かして、
 ナワやワラジ、タワラなど 新しい徳を作ることができます。


          これが報徳なのです。


 実り豊かな田畑に変えていくことができます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  佛國寺いのちの森 基本財産林



 

 


第二節 草の根の発想で 土着の価値を活かす


 

  東海道行脚で、草の根の偉人 二宮尊徳翁、

   古橋源六郎暉兒翁、

   金原明善翁、

  それぞれの凄ましいばかりの生き様に

  <生きるに価する価値>とは何かを学びました。

 

また道中、農山漁村の現状を観察するなかで、

人情味豊かな村、活気があり人の心にゆとりがある町では、

必ず、私財を提供して、橋を作った人、溜池や用水路を作った人、

新田を開発した人、魚場を開いた人等、

その土地その土地の郷土の偉人の功績が語り伝えられていました。

 

そして、真に生き通した人物ならば、

必ず時空を越えて

人々の心を揺り動かさずにはおかない力を持っていることを教えられました。

 

  先人たちは、とっくにその使命を終って、地下に眠っていますが、

 その事績を訪ね、その遺徳にふれると、

 先人たちの沈黙のメッセージが聞こえてきます

 ―――自らの信念に従って生きた先人たちの声が―――。

 

  私は行脚中、先人たちの無言無語説法をききながら、

山村の経済基盤、生活基盤である林業再建策は、

――――離大地社会に生まれ育った政治家の発想では無く、

官の発想でも無く、大企業の発想でも無く、

都市暮らしのコンサルタントの机上の発想でも無いー―――

土着の発想、草の根の発想でなくてはならぬと、

 

あたりまえのことがすんなりと体に収まりました。

                      


森林あるが故に 文化あり 

森林あるが故に 経済あり


 ここでしかできないものをつくる

 

   土着の価値に、土着の先人の知恵・工夫に、

新しい知恵と工夫を加味し、
ここにあるものを活かし、ここにしかないものを生産する。

 

 

               


洗 心 自 新 
(せんしんじしん)

    
      心を洗い 自ずから新たなり          (『後漢書』順帝紀)


 

東海道行脚で、草の根の偉人に喝を入れらて、

煩悩の雲に覆われ、妄想の曇りが心眼にかかって、

汚れていた自分の心が洗い清められました。

 

そして、過去の生き方を反省して改心し、

覚悟を新たにして

『いのちの森建立勧進佛行』一筋に、

残りの人生のすべてを捧げ尽くすことを心に誓い筆をおろします。

 

 

  暗くとも ただ一向に すすみ行け

         心の月の はれやせんもし

 

  志 つよく(ひき)(たて) むかふべし

          石に立つ矢の ためし聞くにも

 

  上もなく また外もなき  道のために

          身をすつるこそ 身を思ふなれ


             
(中江藤樹 先生)

平成二十七年 十月 吉日     

いのちの森建立勧進佛行    勧進僧  愚峪軒 黙雷

平成27年8月15日 下座行 靖国神社イチョウ並木にて